主な作品紹介

《Passage Immortalitas》
2024 H267 x W470cm Acrylic and mixed media on canvas
松山作品の特徴は、世界を彩る多様な文化、伝統、そして歴史的なものや現代的なもの、さらにはハイカルチャーから日常品といった要素が、無数の鮮やかな色で描かれ、情報化の中で移ろう現代社会の姿を映し出し、混然一体となって鑑賞者を色彩の世界に没入させるところにある。本作品が属する最新シリーズ「First Last」ではその制作手法がさらに重層化され、二極化が進み分断や対立が多発する現代を、キリスト教などを主題としたルネサンス期や近世の絵画を引用して捉えなおしている。本作品の人物描写は、ルネサンス期の巨匠ボッティチェリの名作《チェステッロの受胎告知》(1489)を参照している。背景となる室内空間は建築雑誌に登場するインテリア写真を複数組み合わせて作られていて、その中にポテトチップスの空き袋やハローキティ、中国にルーツがある日本の敷物用織物、緞通(だんつう)など無数の記号的要素が描きこまれている。中央の二人は、いわゆる「受胎告知」のシーンで大天使ガブリエルが聖母マリアに、受胎を告知する瞬間(=キリストの到来のはじまり)を表しており、美術史の中でも多くの芸術家が向き合ってきた聖書のシーンである。

《Bring You Home Stratus》
2024 H330 x W307cm Acrylic and mixed media on canvas
本作は新シリーズ「First Last」の一作。LAのビバリーヒルズに実在するスペイン植民地時代のリバイバル建築にあるような中庭のイメージと京都に実在する旧三井家下鴨別邸のイメージを、まるで増築するようにつなぎ合わせた、空想上の邸宅が背景となっている。西洋·東洋で大きく異なる富と豊かさの象徴としての建築たちが、本作に描かれている空想世界の中では共存していて、それは松山が作品に一貫して描く多様な文化が共存した世界を示唆している。さらに複数の四角形を組み合わせた変形キャンバスが特徴の本作では、奄美の風景を描き続けた孤高の画家田中一村や19世紀フランスのバルビゾン派の画家が描いた植物や木々を引用したイメージも現れ、建築と自然によって豊かさが象徴的に描かれている。作品中央の二人の若者は、バロック期のイタリアの画家アンニーバレ·カラッチの《キリストとサマリアの女》(1594-1595)からの引用で、新約聖書でイエスが井戸の前で出会ったサマリアの女に永遠の乾きの来ない「生ける水」を与え、女がイエスは救世主であることを悟るシーンである。二人の若者の間には、まるで二つの異なる情景を強引につなぎ合わせたようなイメージのズレが仕込まれており、右側の人物の背後にあるたばこケースが演出するように、聖書の物語とは全く異なる役割を与えられているかのようである。

《We Met Thru Match.com》
2016 H254 x W610cm Acrylic and mixed media on canvas
松山絵画を代表するフィクショナル·ランドスケープ(仮想風景)シリーズを象徴する、最初にして最大(横幅6m)の大作。松山の絵画の可能性を拡張し、キャリアのターニングポイントともなった。本作では、松山が敬愛するフランスの画家アンリ·ルソーにインスピレーションを受けた背景を、狩野派や土佐派といった日本の伝統的絵画のスタイルで描いている。また、登場する人物の視線は交差するものの、二人は異なる時空に存在するかのような不思議な距離感を保ち、一人は今まさに文をしたためているところであり、周囲では無関心な鳥たちが獲物をついばみ、宙を舞う。抒情的であるが、どこか浮遊感があり捉えどころのない光景が広がる。タイトルにあるMatch.com は世界最大の恋愛マッチングサイトであり、人と人との接点やコミュニケーションが変化する現代を示唆する。

《20 Dollar Cold Cold Heart》
2019 H267 x W172cm Acrylic and mixed media on canvas
1968年に発表され、運搬から若者のレジャーまで高いユーティリティ性で世界的なヒットとなったオフロード車、シトロエン・メアリ。その荷室に腰掛ける二人の人物は、ドライブの途中でリラックスし休憩をとっているかのよう。荷室から顔をみせるのは、正面のフェンスに咲き乱れる朝顔を摘んできたのであろうか。一方、フェンスの上には有刺鉄線が張り巡らされ、地面には捨てられたお菓子のパッケージや様々な種類の虫が無秩序に描かれている。本作もフィクショナル・ランドスケープシリーズの作品であり、二人の洗練されたファッションから大量消費されるお菓子のような日常品、背景や衣服にちりばめられた装飾文様から伝統的な絵画に見られる動植物の描写など、古今東西の記号的要素が画面の情報量を密にする。これから二人はどこへ向かうのであろうか?現代社会において人々が抱く、不確実な未来への漠然とした不安と期待が入り混じった作品である。

《Keep Fishin' For Twilight》
2017 H213.5 x W457.5cm Acrylic and mixed media on canvas
あまたの色彩の断片を寄せ集めたように見える松山の抽象画は、記号化された鳥の描写の集積である。これは千羽鶴をモチーフとしており、願掛けや祈りによって物質に精神が宿るという非西洋的な概念を、松山は西洋によって確立された抽象表現という概念に注入し、内部からの解体を試みる。ニューヨークでの活動を通し、欧米で生まれ発展してきた抽象表現の権威性と理論に衝撃を受けた松山は、だからこそ自らの揺らぐアイデンティを武器に、新たな抽象表現の構築という美術史への貢献に挑んだのである。

《Cluster 2020》
2020 60 x 60cm (33panels) Acrylic and mixed media on canvas
60cm四方の正方形カンヴァス33枚の集積によるこの作品は、新型コロナウィルスのパンデミックにより、世界の大都市がロックダウンに見舞われた時期に完成された。ニューヨークで当初2週間の予定で始まったそれは、延長を繰り返し松山の制作チームは長期の自宅待機を余儀なくされる。松山はメンバー一人一人の自宅にカンヴァスと画材を届け、ズームで毎日報告をしあいながら彼らはベッドルームをスタジオとして制作し、この象徴的な作品が生み出されたのである。クラスター(密集)と名付けられたこの抽象画は、奇しくも千羽鶴の精神が顕在化する作品となった。

《The Fall High》
2023 H279 x W599cm Acrylic and mixed media on canvas
色鮮やかに描かれた人馬が颯爽と大草原を駆け抜ける、ワイルド·ウエスト(19世紀西部開拓時代)を想起させる騎馬群像である。重要文化財に指定される狩野山雪の≪雪汀水禽図屏風≫に見られる印象的な鳥の表現を引用し、さらに作品全体に疾走感を与えている。
騎馬像は松山が長年描き続けている重要なテーマの一つであり、本作はその中でも最大の大きさを誇る。ジャック·ルイ·ダヴィッドのナポレオン像や、アメリカを代表するフレドリック·レミントンの絵画においてインディアンとピルグリムが戦う光景、そして日本の騎馬武者像など、あらゆる世界で描かれてきた騎馬像はその作品が制作される文化や政治的背景を端的に象徴する。多くの芸術家が描いてきたこのテーマを松山は換骨奪胎して現代アートというグローバルな言語で捉え直し、騎馬像が歴史的に帯びてきたプロバガンダ的な文脈から解放する。

《Dancer》
2022 H339 x W360 x D359cm Stainless Steel
鏡面仕上げされたステンレス製の表面に映り込む空間の動きや色をも作品の一部とし、その設置環境の形や色も作品の中に”引用”する本作は、これまでニューヨークのフラットアイアンプラザなど公共空間で展示されており、松山が考える装置としてのパブリックアートの取り組みを端的に表している。全体像を認識できないぐらい多層的なイメージが自在に舞い素早い動きで宙に軌道を描く姿は、踊り子(Dancer)そのものの表象ではなく、踊りという身体表現そのものを詩的に探求した結果である。
松山は、公共空間におけるアートの意義を考えるときに、その環境に置かれた人々について考える。動的な身体表現の中に多様な人々の色や形が鏡面に映り込み、角度によっては奥行きの輪郭さえ曖昧になる本作は、古来よりコミュニティーの中に連帯感と特殊な精神状態をもたらした踊りという行為の儀式性を現代に蘇らせる。